一過性全健忘症というものになった話

恵がウエイトトレーニングジムに通っていることは、もう何度も書いてきたが、2016年の2月末、ジムでベンチプレスをしている頃から記憶がなくなった。次に気付いた時には自室で座っていたのだ。

ジムでベンチプレスを始めたのが3時半ぐらいで、しっかり「起きた」時は既に夜の8時半頃だったので、約5時間の記憶がほとんどないのだ。

 

嘘やん、父ちゃん。じゃあ、あの日、
アタシのこと触ってたん、覚えてないの?
恐い。。。

 

「ほとんど」と書いた理由は、微かに断片を覚えている部分もあるからだ。だが、それはほんの少しで99%以上を覚えていない。

ジムで誰かが帰る時にベンチに座ったまま挨拶したこと。完全に日が落ちた暗いジムの駐車場の車の中にいたこと。キッチンで息子と会話したこと。自室で何度か起きて車を見に行ったことなどであるが、これらもしっかりした記憶ではなく、全て「そういえば、そんなことがあったような、なかったような」と言う程度の「薄い瞬間の記憶」でしかない。

感覚的にはその間の記憶はほぼゼロと言っていいぐらいなのだ。

 

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目撃者としては、犬のアン以外に当時高校生だった息子がいる。彼の証言でいろいろなことが分かったのだが、それから逆戻りで先ほどのことなどを少し思い出したという感じである。

息子が言うには、帰ってきた時から恵の様子がおかしかったそうだ。

恵はいつもジムからトレーニングウェアのまま帰宅して、洗面所でパンツ一丁になって着替えるのだが、なぜかその日は自室で着替えていたので、まずそれで息子は変だと思ったらしい。

その後、一度キッチンで会話したそうなのだが、あることを何度訊いてもまともな返答はなく、逆に同じことを何度も訊き返していたそうだ。

そして、プロテインも飲まず、そのまま自室で長い間ぼーっと何もせず座っていたらしい。だが、なぜか時折思い立ったように家を出て行く。が、すぐに戻ってくる。それを何度も繰り返す。

恵自身はその後半あたりを微かに覚えている。最後の一度は割合しっかりと覚えている。と言ってもコンマ何秒の映像を見る程度の記憶ではあるが、この時の心境は覚えているのだ。どうやって帰ってきたか記憶がないので、事故でも起こしてないか心配になって車を見に行っていたのだ。

最後に車を見に行ってからしばらくして「起きた」ので、その心境を少し覚えているのだと思うが、恵の通っているジムは家から近いのだが細い道が多く、いつも通る道を帰ってきたとすると、自転車や歩行者が行き交う狭い一方通行を通ってきたことになる。

だが、恵はそれを全く覚えていない。当人の感覚としたら、「意識不明の状態で車を運転していた」となるので、めちゃめちゃ恐ろしいのだ。うたたね運転どころではない。「完全睡眠運転」という感じなのだ。

だから、「そんなもん、まともに運転できているはずはない」と思って「誰か轢き殺してないか」を検証するため、車の下回りを見に行っていたのだ。



だが、後にネットで調べると実際にはそういうことではないらしい。

恵は脳卒中や脳溢血などを調べていたが、どうも恵の症状と合致するものはない。そこで「健忘症」で検索していた時、恵がなった状態にピッタリのものが見つかった。

「一過性全健忘症」

原因は不明だが、一時的に記憶をキープすることができなくなっている状態のことで、意識を失っているわけではないため、日常的などんなこともできたりはする。ただ、周りからすると様子がおかしいことは分かる場合が多い。

だが、その中には誰にも気づかれない場合もあるようだ。学校の先生で、朝からこれになって気付くと夜だったが、それまでいつもと同じように全ての授業をこなしていたという人もいるのだ。

また、この症状に後遺症などが出ることはまずなく、再発する確率も少ないと知り、ホッとした。夢遊病のようなものなので、自分が何をして何を言ったのかもわからないわけだし、何より車の運転をしたりするので2度となりたくはない症状である。

「そんな状態で運転するな」と言われそうだが、分かっていたら当然運転などしないが、自覚がないので知らぬ間に運転する可能性はあるのだ。そこは本当に夢遊病者と同じようなものだと思って頂きたい。自己管理できないのだから。

調べると、中年あたりで発症することが多く、誰でも「一生に一度」なる可能性はある症状らしい。ほとんどの医者が「心配のないもの」として軽視しているようだが、なった本人はかなりビックリすると思う。長時間の記憶がないのだから。




原因はよく分からないらしい。後で調べても何の痕跡も出ないことが多いと聞く。が、恵は原因の1つとして思いつくものがある。その理由は、以前に1人、「これだったのではないか」と思われる人と遭遇しているからである。そして、その人と遭遇した場所というのが同じジムだったからだ。

もう随分昔のことだ。20年近く前だったと思う。17~18年前ぐらいか。恵が今のジムに行き始めて何年も経っていない頃だったと思う。

当時、恵の行くジムにウエイトリフティング的なトレーニングをする60歳台の方がいた。ほぼ毎日通っている方のようで、恵が行くと必ずいるのである。

その人がある日、変になったのだ。

その日、フリーウエイトスペースには恵とそのオジサンしかいなかった。そのオジサンは話好きで、インターバルの間に話し始めると長くなり、下手をすると一時間話を聞き続けなければならないこともあって、恵はちょっと困っていたのだが、その日は別の意味で困った。

何度も同じことを訊くのだ。

いや、しばらくして、また同じことを訊く、というようなものではなく、立て続けに訊くのだ。

「で、あんた、どこに住んではんの?」

「あ、〇〇町です」

「はあ~、、、で、あんた、どこに住んではんの?」

「はい? あ、〇〇町です、けど?」

「ふ~ん、、、で、あんた、どこに住んではんの?」

「〇〇町です。今、訊かれましたよね?」

「ああ、そうでっか、、、で、あんた、どこに住んではんの?」

「〇〇です。今、訊かれましたよ。疲れてはりますね」

「ふ~ん、で、あんた、どこに住んではんの?」

「お疲れのようですね。〇〇町です」

他の会話を一切挟まず、これを続けて12回ほど繰り返した辺りで恵は「もう、帰られた方が良いと思いますよ」と2・3度促すと、そのオジサンは帰って行ったのだ。



そして、それ以降、そのオジサンを見たことはない。心配になってトレーナーに尋ねてもよく分からないと言う。当時の恵はこの「一過性全健忘」のことを知らなかったので、「家に帰ってからバタッといったりしたのではないか」と気を揉んでいた。

が、実際にはそうではなく、恐らくはその症状を見た奥さんにウエイトトレーニングすることを禁じられて来なくなっただけだろうと今は思う。つまり、恵は15年ほど経ってからやっと「ホッとした」わけだ。正味の話、当時は「死んだ確率が高い」と思っていたぐらいなので。

今から20年近く前の60台半ばの人の場合、ネットで症状を検索した可能性は薄いので、家族も心配になって「もう年なんだから、そんな踏ん張ってばかりいるといつか死ぬよ」と脅した可能性が高いとみる。

実は恵は彼から一度夜に救急車で運ばれたことがあるという話を聞いたことがあった。それは「クールダウンを忘れずにしぃや」という内容から始まった話だったが、

「俺、前に、ジムに行った日の夜、寝ようと思った時、急に心拍が高くなって、救急車で運ばれてん。それ、クールダウンせんかったからや。だから、ちゃんとせんとアカンで」

ということだった。

まあ、その内容は今はどうでも良いのだが、つまり、奥さんからしたら、一度ウエイトトレーニングが原因?で病院に担ぎ込まれている夫が、ジムから帰ってきた時おかしな言動だったらどう思うだろう? 恵は「もうやめろ」と言うのが普通だと思う。

そして、恵はこのオジサンと自分が同じようにウエイトトレーニング中に発症していることから、その原因は踏ん張ったことによる酸欠やごく微量の脳出血などだったのではないかと思っている。当然、1つの要因の可能性なだけだが。

 

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恵はオジサンとは違ってジムをやめなかった。発症した年齢も違うが、何より発症時期が15年ほど後なため、完全なるネット社会になっていた。すぐに調べ、一過性全健忘症が、脳溢血などとは違うことを知って、気にする必要はなさそうだと判断したからだ。

いや、病院にも行っていないので「絶対」とは言えないが、多くの医者が問題ないと言っているし、先ほど「ウエイトが引き金」と推測したが、ただ、部屋でボーっとしている時に発症している人もいる。やはり、トイレで踏ん張った時などが多いようだが。

恵は翌週、気にせずジムに行ってウエイトトレーニングをした。それ以降、それまでと同じようにトレーニングを続けてきたが再発はしていないし、他の問題も出ていない。

だが翌週、初めてジムに行った時だけは周囲から何を言われるか心配になった。自分の言動が相当おかしかっただろうと想像するからだ。何もせず、長い間ベンチに座り続けたりしていたのではないかと思うのだ。かなり迷惑をかけたのではないかと。

だが、実際には誰にも何も言われなかった。残念なことに当日、ジムに着いて結構すぐに発症したこともあり、その日のトレーナーが誰だったかも覚えていないので「俺、どんな感じでしたか?」とか訊けないのだ。だから、その日のジムでの様子は全く分からないままである。

以前、「パーソナルジムに通うべき?」や「セーフティーのないベンチプレス台で潰れた時の脱出方法」でも書いている通り、恵は1人でトレーニングしたいタイプであるため、ジムで会話するトレーニーやトレーナーはあまり多くない。向こうから話しかけてくる人でなければ、まず話さないからだ。

だから、結局、当日の恵の様子は息子の証言からしか得られないのだ。本人からすると「永遠に失われた5時間」という感じである。




まあ、2度はまずならないらしいので、もうあまり気にしていない。その間も「意識不明」ではなく、「しっかりと起きて行動していた」らしいし。

そういうことだから、もし、皆さんの中で一過性全健忘症にかかった人がいても、あまり心配しないでも良いと思う。恐らくは恵と同じような感じなだけだし、2度なる確率は少ないようだから(5%~20%など諸説あり)。

当然、他の病気ということもあり得るので、その辺はちゃんと調べてほしいと思う。それでどう考えても一過性全健忘なら、という意味。また、そうだと思えたとしても、「素人判断では心配」という人は一度病院で調べてもらうと良いと思う。恵は病院にも行っていないし、それ以降もジムに通っているけどね。

 

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もう一度言うが、この症状は、「発症中の間だけ記憶を留めておくことができない」というもので、後でその期間の記憶が消えるのではなく、リアルタイムで消えて行く、いわゆる「素通り」という感じなのだ。

だから、「起きた」時に本人が思う感じとは違い、実際にはその間「居眠り」しているわけではないから、それほど危ない行動を取ることもないようだ。事実、恵が調べた限りでは、この病を発症したために事故に遭ったというような報告は1つもなかった。



一過性全健忘症は、ほとんど一生に一回しかならない病気だと言われているが、逆に言うと、一生に一度、誰でもなる可能性の割り合い高い病でもあるらしい。

とにかく、生まれて初めての変な体験だったことは間違いない。

 

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