祖母がボケたことをきっかけに、親戚一同がばらばらになった話

おまえはどれだけボケてヘロヘロになっても
可愛がったるから、長生きせえよ。。。

 

恵が母方の祖母と同居していたことは「動物とAGA、そして輪廻転生」に書いたが、その祖母が晩年ボケた。どのぐらいの期間だったかしっかりとは覚えていない。恐らく2~3年ぐらいだったと思う。その間、それほど数多くの奇行を繰り返したわけではないのだが、ただ1つだけ決定的な問題を生み出した。

 

 

外を一人でうろつき回る、いわゆる徘徊というのがなかっただけでもまだマシな方なのかもしれないが、うちの祖母に顕著に表れたのは食に関することと疑心暗鬼・妄想の類だった。

一番初めにおかしいと思ったのは食事中のことだった。皆が食べ始めても祖母だけ食べずに、じっと料理を眺めている。なぜ食べないのか問うと、しばらく料理を見続けてから、

「これ、毒入ってんのとちゃうか?」

と、両親を睨みつけて訊いたのだ。そして、続けて、

「早よ、殺そうと思てるやろ?」

と言うのだ。

恵は単純に呆気に取られていた。ボケた人間を見たのはそれが初めてだったからだ。何を言っているのか意味が分からなかった。

タイプによっては「関西人のボケ」とも受け取れたのであろうが、祖母はほとんど冗談を言わない人だったし、シチュエーション的にもあり得なかったし、その迫力が真に迫り過ぎていた。

その日は皆が、「そんなん、入ってるわけないやん。何言うてんの? 心配せんでもええで。ようけ(たくさん)食べて長生きしてや」といって取り成すと、少しずつだが恐る恐る食べ始めたので、恵はあまり気にせずにいたのだが、もしかしたら、両親は祖母がぼけ始めたことに気付いていたかもしれない。




その後、だんだんとおかしくなり始め、次第に恵も祖母がボケたことを理解するようになったのだが、分かっていても驚くことが何度もあった。

ある日、夜中に目が覚めて、喉が渇いたため水を飲みに行った時、明かりの点いていないキッチンで物音がする。「ん? 泥棒か!」と思って身構えて明かりを点けると、テーブルの陰から、ぬうっと立ち上がってくる人影があった。

「えっ?」

見ると、それは祖母だった。ただ、普通の状態ではなかった。祖母の両手には大量の米が握られていて、それをざんばら髪に寝巻の前をはだけた状態で、もぐもぐと食べていたのである。炊飯器の蓋は開け放しになっていた。

「な、、、何してんの? びっくりするやんか。。。」

恵は恐怖に恐らく半笑いになっていたと思う。祖母は何も答えず、こちらを無表情で見ながら口を動かし続けていた。

祖母のこの暴食にはできるだけ注意を払ったが、なかなか完全には止めようがなく、しばらく続くと当然のように今度は「出す」のである。ただ、トイレでなら問題ないが、廊下にまき散らすのだ。トイレまで持たないのだろう。

また驚いたのは、人間が一度にこれだけ大量に排便できるものなのか? と思うぐらいの量なのだ。リミッターが外れている状態だから、尋常でないほど食べてお腹を下したのであろう。「それ」は廊下一面に広がっていた。




これは恵が20代前半、祖母が80代半ばの頃のことだが、恵の幼少期からそれまでは母方の親戚がうちに引っ切り無しに来ていた。祖母がうちにいたことが一番の理由だが、父が賑やかなのが好きだということも関係していたと思う。

また、親戚の家はどこも田舎で恵の家が大阪だったことも関係があると思う。つい最近、2025年に2度目の大阪万博が決定したが、1970年の1度目の時、全ての親戚がうちを宿として使った。うちに泊まって一緒に万博に行くのである。そのため恵は、何度大阪万博に行ったことか。

そして、それをきっかけにして、定期的に母の兄弟やその子ども、つまり恵の従兄弟たちが入れ替わりに頻繁に来るようになったのである。

以前にも書いた通り、母は何人もいる兄弟の中で末っ子だった。祖母には生前3人の夫がいて、母にとっては父母ともに同じだった妹が幼年に死亡したため、兄弟と言っても異父兄弟ばかりだったが、恵の家族はその全ての親戚と仲が良く、お互いが行き来していた。

だが、それもボケた祖母の一言で全てが変わった。

「閉じ込められている。食事もろくに与えてもらってない」

そういう「イジメ」の報告を母が一番仲が良かった姉にしたのだ。そして、恵からすると伯母にあたるその人が、それを真に受け、「そんな扱いを受けているのだったら、もううちに連れて帰る」と言い出したのだ。

そして、散々もめた挙句、本当に連れて行ったのである。



この伯母家族とは恵も一番付き合いがあり、姉1人だけで男兄弟のいない恵は、その家の従兄弟を半分兄弟だと思っていたぐらいだった。3つ上と同い年に男の従兄弟がいたのだが、特に年上の方は大学浪人している時に一年間、うちの近くの下宿で寝起きして食事をうちでし、当時父が勤めていた工場でアルバイトをしていたぐらいだった。

彼は結果的には大学には行かなかった。当時高校生だった恵と毎晩遊んでいてほとんど勉強していなかったためだ。やっていたのは恵の親が雇った現役大学生の家庭教師が来る時ぐらいだった。だが、彼は今、時々テレビに映るぐらい、ある方面では有名な人間になっている。

この従兄弟がうちの近くに住んでいた理由は、自分の家が狭く勉強し辛かったためと、アルバイトのためだと思う。他にも家が狭かった従兄弟が2人、うちに同居していたことがあった。この2人はいずれもよく勉強し、1年後には2人とも国立大学に合格した。

何が言いたいかと言うと、これほどの関わりがあっても、揉めたら終わりだということである。結論を先に言うと、現在、母方の親戚の半分とは全く交流がない。

やはり父母共に同じ兄弟が結集するのか、それとも祖母と暮らしていた側と暮らしていない側に別れるのか、ほとんどの兄弟たちが伯母の側についた。この時、どちらにもつかなかった親戚とだけ、今も交流がある。

揉めて祖母が連れ去られた時、恵は既に家を出て暮らしていたためいなかったのだが、どうも伯母は激しく恵の父をなじったようだった。「いつもすみませんね。ありがとうございます」と来るたびに父に言っていた伯母がである。

 

 

確かに父は口うるさい。恵もそれで辟易していたが、その理由は心配性なためである。

だから、たとえば祖母が磯じまん(瓶海苔)だけでご飯を食べていたりすると、「そんなもんばかり食べてたらアカン。身体に悪い。もっと他のおかずも食べんと」などと言うわけだ。恵は祖母の食が細くなってきていることも知っていて「もう、好きなもの食べさせておいてあげたら良いのに」と思ったりしていた。

大概は黙ってやり過ごしていた祖母だったが、もうその頃には少しボケていたのかもしれないが、後年は、「そうやって、老人イジメとったらええわ。自分も後でそうされるわ」などと言い返したりすることもあった。

その辺りのことをイジメと呼び、先ほど書いた暴食のため、「もうそれ以上食べたら、身体壊す」と言って食べさせなかったことが「食事もろくに食べさせてもらえない」という訴えに繋がったのではないかと推測する。本人からすれば「食べた記憶がない」からである。

冷静になれば祖母がボケていることに気付いたはずだし、伯母も父の性格はよく知っているため、「こんなことだろう」と分かったはずである。口うるさいが心配性で面倒見が良いことは、1年間同じ職場で働いて食事も一緒に取っていた息子からも聞いていたはずである。

だが、恵からすると、伯母のこの言動もあり得ることだと思った。なぜなら、恵は伯母の性格をよく知っていて、伯母が「陶酔型」であると思っていたからだ。

「もうすぐ母が逝ってしまう。自分は何もできていない」

そういう想いも重なって感情的になり、判断を誤ったのだと思う。自分が最期を看取りたいというのもあったのだろう。

いや、だからと言って、自分の親でもない祖母を毎日のように病院に送り迎えしていた父をなじって、25年間何もしていなかった伯母が最期だけ連れて行くというのが正しいことだとは、当然思えないが。

ただ、恵の推測が当たっていたことは、祖母の死後すぐに分かった。




祖母は伯母の家に移ってすぐに亡くなったのだが、その直後、伯母とたまたまある場所で会った時、伯母は冷静さを取り戻していて、「お母さんとお父さん元気か? 悪いことしたな。お父さんによう謝っといてな」と恵に言っていたからだ。一緒に暮らしてみて、祖母がボケていることにも気付いたのだろう。

だが、もうその頃には手遅れで、一度全ての親戚を巻き込んで大揉めしたため、取り返しは付かなくなっていた。親戚が二分されてしまったのだ。

恵は母に「おばちゃんも、もう理解できたみたいやし、謝ってはったから、もう仲直りしたら?」と言ったのだが、母は「もう、面倒臭い」と言って、そうしなかった。

気持ちは分かった。母からすれば、人間不信に陥ったのだと思う。あれほど仲が良く、年に何度も両家を行き来し、毎回泊りもしていた一番年が近い姉が、自分と夫を疑うとは思わなかっただろうから。

また、他の兄弟も、推測だけでうちを悪く思い、向こう側につくとは思わなかったためだろう。皆よくうちに泊まっていたのだから、実際の祖母の生活状況は何度も見ていたのだし。

また、母からすると、父に申し訳ないという想いもあったと思う。自分の親でもない人を25年にもわたって面倒見させた挙句、最後に自分の兄弟が罵声を浴びせかけ、祖母を連れ去ったのである。当然、父に申し訳ないという気持ちもあり、それが仲直りしなかった大きな理由の1つだと思う。

自分が30代前半の時に母親を亡くしていた父は、祖母に対して本当の母親に接しているように恵には見えた。実の娘である母より、父の方がよく祖母の面倒を見ていた。父が行けない日は恵が代わりに病院の送り迎えをしていたのだが、それも父に命令されていたためである。恵の動物好き(世話好き)と心配性は父親譲りなのである。




結局、今付き合いがあるのは、揉め事に関わりたくなかったのであろう一番上の姉と、長男にも関わらず祖母と同居しなかった後ろめたさと、息子2人(前述の浪人生2人)を世話になった負い目からか、この闘争に関わらなかった兄と、血のつながりのない自分や兄弟たち全ての面倒を見てもらった恵の母の父に感謝しているため、やはり闘争に関わらなかった姉の3家族だけである。

そして、その3家族でさえ、その後、恵の実家に来ることはほとんどなく、ここ30年間で泊ったことは一度もないと思う。また、恵の家族以外の親戚同士も以前ほどの交流はないようである。元々、祖母が暮らしていた我が家を中心にして親戚が集まるという形だったので、当然の事なのかも知れない。




長々とうちの内情を説明してきたのは、「それ以前とそれ以後」で、恵の実家の状況・親戚との関係が全く違うからである。とばっちりを食らった形で、恵も兄のように思っていたその3つ年上の従兄弟と、30年間で数回しか会っていない。

そして、それも全て親戚の冠婚葬祭の時だけなのだ。母が仲違いした親戚と顔を合わせたくないため、それ以後、そういう式典は全て恵が代わりに出席させられるようになった。

祖母には当然悪気はなかった。ただ、ボケただけだ。だが、そのボケ1つで、これほどまで多くの人間が巻き込まれて、その関係性が滅茶苦茶になってしまったのである。

ただ、幸運なことに祖母はまだ軽症だったが、徘徊したり奇行が激しい場合は、とても家族では手に負えないこともあるようだ。親を殺して自分も自殺する人までいるという。

恵は、絶対ボケたくない。ただでさえ、人に甘えるのが苦手なのに。肺炎で入院してしばらく同僚に迷惑をかけただけで、気疲れで自律神経を失調するぐらいなのに、何が悲しくて人生の最後にそんなことにならなくてはならないのか。

恵の父も、恐らく恵と同じタイプで絶対ボケたくないのだと思う。死ぬまで自力で暮らしたいのだろう。その証拠に、70歳から急にジムに通い始め、83歳の今もウエイトトレーニングやエアロビを週4回こなし、病院にも週4回通っている。

だが、そうしていても、ボケないとは限らないので、「少しボケて来たか?」と思われるようになったら、それ用のサプリを飲ませようと思っている。

ただ、医者信仰の父はサプリが嫌いなので、そのまま言っても絶対飲まないから、「頭が良くなる、すっきりする」と言って飲ませてみようと思う。何かを補うためというのがダメだと思うので、プラスアルファだと思わせようと思う。

元々そういう類には、EPAやDHAなどのオメガ3脂肪酸が良いことは知っていた。が、調べると、最近は認知機能の救世主と呼ばれるものがあるらしい。それはプラズマローゲンという物質である。




プラズマローゲンとは抗酸化作用を持ったリン脂質の一種で、哺乳動物の全ての組織に存在している物質なのだそうだ。中でも人の脳に含まれている脂質のおよそ半分がリン脂質で、プラズマローゲンは脳で重要な役割を果たしていると考えられている。

ただ、プラズマローゲンの量は加齢に伴って減少することが分かっていて、高齢者の体内にあるプラズマローゲンの濃度は、若者と比べて約40%も低いという報告もあり、さらに、アルツハイマー患者の脳には、健常者の脳に比べてプラズマローゲンの量が少なくなっていることから、プラズマローゲンが脳の認知機能を維持するために重要な役割を果たしていると考えられるようになったのだ。

実際に様々な研究機関が試験した結果、プラズマローゲンは既に認知機能改善作用が確認されている。そのため、サプリメントでは珍しくその「効果」を謳っている商品まである。

その中でも、恵がお勧めするのはこれである。




お勧めの理由はホヤ由来だということ。ホヤのプラズマローゲンは人のそれと構造が近いのだ。また、吸収されやすいDHA・EPAを豊富に含む「クリルオイル」が配合されていることも大いに期待できる要素である。

恵が飲み始めるのはまだ先になると思うが、今から嫁に「ボケてきたら俺に飲ませろ」と指示しておく必要はあると思っている。当然、嫁の方が先に危なくなってきたら飲ませるつもりである。

本人にとっても周りにとっても「ボケ」は非常に辛いことだと思うから、何が何でも避けたいところである。

まずは親に勧めてみたいと思う。恵の健康オタクは父からの遺伝だから、如何なサプリ嫌いで薬好きの父でも、これなら興味を示す可能性はある。頭をやられたら、いくら身体を鍛えても無意味。その身体を動かす司令塔が壊れるのだから。

ただ、父より母の方が危ないかもしれない。ボケが遺伝するものかどうかはまだはっきりとは分かっていないようだが、原因が不明瞭ではあっても現実的に血縁者のリスクは高いと言われている。

そうすると、祖母の血を引く母は危ないということになる。ということは恵や姉も?

いずれにせよ、そういうことを考えざるを得ない年齢になってきたということか。悲しいねえ。。。



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